bird's eye ‐ゆきのこダイアリー

雪の日生まれのゆきのこさんの、小さな暮らし。「楽しいよ、人生は美しいからね」―セネガルのおじいさんの言葉。
by soy_aya
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白もくれん

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ここのところの陽気で、庭の白もくれんのつぼみが一気にほころびました。

冬に剪定した2種類のミニバラも、ちぢこまっていた野いちごも、ちいさな新しい葉っぱをぐんぐん広げています。

ラナンキュラスとポピーもたくさん日をあびて、見てわかるくらい大きくなりました。かわいい花が咲くのが楽しみです!
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# by soy_aya | 2009-03-21 13:29 | にっき

ジャンクフードの神様

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ある夕刻。韓国料理屋さんの前でユッケを食べる算段をしていたところ、突然同行の方のもとにジャンクフードの神様が降臨してしまいました。

神様は降臨するなり「チキンじゃー!」とおっしゃいました。

我々がケンタッキーフライドチキンの前を先刻通り掛かったことは、ジャンクフードの神様もご承知のことでした。したがって、取り急ぎ店舗に赴き、チキンのセットを注文しました。

しかし、降臨された本体の方はお腹の微妙なラインが気になる今日このごろ、ついサラダセットにしたのが裏目に出て、神様にはご満足いただけなかった様子です。

神様は愛読するハンバーガーショップ本に掲載されている目ぼしいお店でのリベンジマッチを宣言されました。
北千住のSUNNY DINERというお店です。
12人入ればいっぱいの狭い店内はポップなアメリカの雑貨でいろどられ、ピチピチの北千住ギャルが看板娘です。

【写真1つめ】
ジャンクフードに乾杯…おや、神様のジンジャーエールのストロー、何だか妙に短い気が。

【写真2つめ】
パナソニック社製薄型携帯電話との比較。

【写真3つめ】
山と積まれたポテトは一切の上げ底なしです。

【写真4つめ】
バーガー本体に到達。自分で野菜をはさんでいただきます。パティには松阪牛と近江牛を使用!?というウワサです。

ああ、ジャンクフード道とは誠に険しいものです。苦しくてたまりません。
でも、おいしかったです。

なお、本物のジャンクフードの神様は、ポップコーンでできたアフロのかつらをかぶっておられる、ファンキーなお方なのだとか。
出典:『パーティーオンパレード』野中 柊 著
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# by soy_aya | 2009-03-18 00:03 | にっき

新丸ビルのPG カフェ

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バレンタインを前にした週末、新丸ビルのPGカフェにはらぺこふたり組がお邪魔しました。

写真上は私が頼んだ見目麗しいレモンメレンゲタルト。タルト生地に敷き詰められたレモンクリームの上にふわふわ乗っけの、ノスタルジックなデザートです。
口にするとレモンの酸味がふわっと広がり、やさしい甘さのメレンゲと、こくのある土台との調和が絶妙です。これは今までのレモンシリーズで最高峰かも!

お連れの方が選んだ下の可愛いバレンタインプレートは、木いちごがたっぷり入ったチョコレートのケーキ。こちらも甘酸っぱくて絶妙な取り合わせです。

この日は冷たい風の吹く重たい灰色の曇り空で、東京駅のレンガづくりの駅舎を眺めながら、温かい紅茶を飲むのがちょっといい気分です。
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# by soy_aya | 2009-03-11 07:27 | soy_aya CAFE-MEGURI

御臍行方不明の記(12 )

〈運命の確定診断〉
デスモイドショックからひと月ほどが経過したころ、事務にお願いしていた傷病手当金の申請書類ができあがったので、予約はないけど受け取りがてら受診してみようと思い立ちました。もしもデスモイドだと確定したら、なるべく早く本格的な対策を講じなければと思ったのです。

「どうしたの?何かあった?」と先生。お陰さまで異状ありませんが、病院に用事があったので、ついでにお腹の壁のやつの確定診断が出ているようでしたらお聞かせ願いたく…
それなら出てるよー、ということで、ついになぞの腫瘍の真の姿が発表されました。
運命の診断結果は…
「普通はできるはずがないんだけど、どういうわけかお腹の壁に筋腫と同じものができた」そうです。
診断結果の詳細が記されたプリントアウトをいただきました。
「Bizarre leiomyoma of abdominal wall」。腹壁の変形平滑筋腫ということです。発生源は血管の平滑筋と考えられるそうな。そして何より良性でした。

腹壁なので取り切れていない可能性を考えて、今後も経過観察が必要ですが、ほぼ間違いないとされていたデスモイドではなかったのです。なんと有り難きことよ…!!

ところでよくよくプリントアウトを見ると、デスモイドショックの2日ほど後には最終診断結果が出ていたようです。ぬぬ…

〈その後の回復ぶり〉
その後仕事がものすごく忙しくなって、7月には法律で定められた残業時間の上限を超越。上司が派遣元のおなごに叱られました。
疲れから左の親不知を腫らして、そこからばい菌が広がったらしく、左半身だけひどいカゼをひいたりもしました。

そんなこんなで仕事が落ち着いてしばらくした秋の半ばまでは、元気になったと自分では思っているけど、後で振り返るとまだまだ弱っていたという感じでした。
今はようやくちゃんと元気になり、土日も心おきなく遊んでます。経過観察も今のところ異常なしです。
将来妊娠しても普通分娩でいけるよと太鼓判を押されていますが、その前に役場…いえ役所に提出する書類には未だ判を押されていません。

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これにてようやく長い長い御臍行方不明之記もおしまいです。最後に所感と関係各位へのお礼を記したいと思います。

●所感
・初診から確定診断までおよそ5か月。病気の診断(とくに腫瘍の場合)は意外にも結構二転三転するもののようです。最新の医学をもってしても、人間の体はまだまだ謎だらけなんだと感じました。

・保険は入っておくが吉。もっと重い病だったら目も当てられませんでした。

・振り返ってみて、自分の脳天気ぶりにびっくり…
3割悪性の告知とデスモイドはショックでしたが、実際にそうなることはほとんど想像していませんでした。赤ちゃんが産めなくなったらというのも考えておらず、心配でふさぎこむことは一度もなかったです。どうやら大きなことは気にしない人間のようです。
かえって周りの人のほうが心配してくれました。
危機管理能力に欠けるパーソナリティーであると言えるでしょう。

・ありがたいことに、心配してくれる人が周りにいるので、自分はかえって不安にならずにいられたのかもしれません。

・元気があれば何でもできるという評判ですが、元気がないと確かに何もできません。元気が一番!

●御礼
・私を元気にしてくれた、優しい主治医の先生に。

・病気についていろいろ調べてくれて、すごく心配してくれた、医学知識を持ち合わせる心強いトモダチに。

・突然の知らせに心配してくださった会社の皆さまに。

・遠くアメリカで婦人科系によいと噂のサプリメントを探して送ってくれたすてきなトモダチに。

・入院の前にお守りをくれた心優しい方々に。

・病院の皆さまとおいしかった病院食に。

・すてきなお見舞い品を持って、強風の中病院に来てくれた、ゆかいな仲間たちに。

・うれしいメールやお手紙、お菓子、すてきな快気祝いの品をなどをくれた、心のトモダチに。

・とげぬき地蔵様、明治神宮と日枝神社の神様に。

・療養中に愉快な気持ちにさせてくれた、森見さんの『夜は短し歩けよ乙女』と、病室で夜中、眠れぬ私の耳をなぐさめてくれた『MODAL JAZZ LOVES DISNEY』の『星に願いを』の歌に。

・もちろんドラクエとファイナルファンタジーの4にも。

・療養を100%バックアップしてくださったご家族の皆さまに。

・それから何より、心配だとは一言も言わなかったけど、恐らく心配していたであろう博多からの旅人(当時)に。

・そのほか心配してくださったり面倒をみてくださったりした、すべての皆さまに。

〈完〉
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# by soy_aya | 2009-03-06 12:13 | にっき

御臍行方不明の記(11 )

〈恐怖デスモイド〉
しかしながら、家に帰って調べてみると、デスモイドとは名前から受ける印象のとおり、一筋縄ではいかないものでした。

悪性の腫瘍と良性の腫瘍を分けるのは
・浸潤する(周りの組織に広がる)かどうか
・転移するかどうか
の2つなのですが、デスモイドは転移はしないものの、浸潤します。限りなく黒に近いグレーなのです。

↓↓以下、かなり恐ろしげな描写が続きますので、ダメな方は〈その12につづく〉でお願いします…

手術で完全にデスモイドの細胞を取り切れればいいのですが、この腫瘍は周りの正常な細胞の間に根を張るように広がり、正常な部分との境目が見分けが付かないので、かなり広範囲を切り取ることになります。お腹の壁の場合、切除後に足の筋肉をお腹に移植することになるようです。
また、手術の刺激で一気に拡大したりするので、取り切るチャンスは基本的に最初の1 回。取り切れないと再発して拡がって…を繰り返すことになってしまいます。患者さんは腫瘍に「喰われる」というふうに表現していました。
また、ある種の抗がん剤による治療も試されることがあるそうですが、とにかくとても稀な腫瘍ということもあって、治療法は確立されていません。

ああ、何とも恐ろしい腫瘍です…!
デスモイドの確定診断が下った際には、おそらく市民病院から癌研有明とか、がんセンターとか、腫瘍専門の病院に転院しなくてはならないでしょう。
まだ決まったわけじゃないけれど、診断が提示されるのは3か月後…さすがに不安です。
患者さんの集めた情報によると「キトサン」や「ビタミンD」が効く可能性がある。かもしれない。というので、すぐに買ってきてせっせと飲みました。この時点の私にできることは、これと神頼みだけです。

〈その12に続く〉
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# by soy_aya | 2009-03-06 12:12 | にっき

御臍行方不明之記(10 )

〈諸手続き〉
入院の請求書が発行され、会社にも復帰した後、いくつか書類を提出しました。

まず、入院と自宅療養期間のあわせて2週間休んだので、その間の手当について、手続きしました。
私の場合、有休を取るか「傷病手当金」をもらうかの2つの選択肢がありました。
傷病手当金は休んだ4日目から日給の6割がもらえるのですが、土日も欠勤日数に数えられます。火曜日から日曜日まで休んだので、最初の3日有給+傷病手当金の額が、全部有給を取ったときとさほど変わりませんでした。なので、有給は今後に取っておくことに。
申請書類の提出先は健保組合で、派遣会社の担当者に用紙をもらいました。必要事項を記入した後、病院側でも書き込んでもらう箇所があるので、病院の事務に提出しました。確か手数料がかかったような…

それから、高額療養費の申請手続き。
一ヶ月に支払った医療費が決められた額を超えると、超えた金額が支払われる制度です。
これも提出先は健保組合で、フォーマットを健保のホームページからダウンロードし、請求書のコピーを添えて提出しました。

年末調整時の医療費控除もあるので、請求書本体は大事に保管します。

このほかにも会社によっては福利厚生制度で入院、療養時に使える制度もありそうです。私も入院がもう少し長かったら独自に給料を保証してくれる制度を使えるはずでした。

〈確定診断+疑惑〉
次の診察のとき、ようやく傍卵巣のう腫の確定診断が出ました。良性ののう腫ということで間違いなし。これで一安心です。
「もうひとつのお腹の壁にできたよくわかんないやつは、まだ調べ中だけどデスモイドっていう一応良性の腫瘍で間違いなさそうだよ」
デスモイド?何だかバーチャル上のボスのような名前です。何でもとても稀な腫瘍で、再発の可能性があるので経過の観察が必要なんだそうです。でも良性なら安心です。

術後の検査は異常なし。次の診察は3か月後です。

〈その11につづく〉
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# by soy_aya | 2009-03-03 23:25 | にっき

御臍行方不明之記(9 )

〈入院費精算〉
退院後最初の診察の帰りに入院の会計課に寄って、日曜日に支払えなかった入院費用を精算しました。しめて15万2160円。
最初に払った保証金3万円を差し引き、12万円ちょっと支払いました。
領収書は今後の各種手続きに必要ですので、大事に持ち帰ります。

テレビや冷蔵庫を使うために買ったプリペイドカード「テレビカード」もここで精算できますが、けっきょく精算し忘れて今も持ってます。
そういえば入院中、テレビは一回も使いませんでした。特に相部屋では観るときにイヤホンが必須だし、夜は光が外に漏れるからです。

〈職場復帰〉
一週間の自宅療養を経て出社。約二週間のお休みでした。
パソコンを立ち上げ、休み中に妙にメールがいっぱい届いてることに気付きましたが、これは後の多忙の予徴にすぎなかったことを、このときまだ私は知りませんでした。

〈職場復帰後の体調〉
外側の傷の痛みはほとんどなく、日常生活は問題なく送れるほど回復していました。復帰一日目から自転車にも乗って普段通りに都心まで通勤しています。
座って一本で会社の駅までいけるから普段通りですんでいるけど、やっぱり満員電車でお腹を押されるとこわいので、直通がなかったら通勤ルートを変えていたと思います。

お腹の中の痛みは、腸が動くと傷を触るのか、手術前にあったような鈍い左腰・下腹部の痛みがときどきありました。
復帰二週間後くらいにちょっと走ったとき、お腹の中でひきつれるような感じがあったので、若干の癒着があったのかもしれません(半年後くらいにはほとんど感じなくなりました)。
硬い繊維をたくさんとると急に具合が悪くなる症状は術後も続きました。腸が動いて傷口を押すのかもしれません。今でもなるかもしれないので、しっかりした感じの野菜は食べ過ぎないように気をつけてます。でも、もともと野菜は好きだし、目の前にあるとついつい食べてしまいます(貧乏性…)。

手術を受けて邪魔していたものがいなくなったせいか、周期がびっこ(1回おきに正常範囲のぎりぎりまで長くなる)だった生理がぴったり一ヶ月後に来るようになったのにはびっくり。
また、入社以来健診で毎年最高血圧が下がり、最低血圧が上がってきていたのが元に戻りました。全身にもよくない影響を与えていたのかもしれません。

なんだか体もすごく軽くて、手術を受けて本当によかったと思いましたが、残念なことに、これは仕事を休んでいたためだったと後に判明しました。

〈その10につづく〉
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# by soy_aya | 2009-03-03 23:19 | にっき

御臍行方不明之記(8 )

〈術後1週間目の診察〉
1週間の自宅療養期間中は、基本的に読書と睡眠とバーチャル上における戦いの日々を送っていました。
時間がたっぷりあったので、天空の平和を取り戻したのち、地底への旅路につくこととなりました(ファイナルファンタジーⅤ)。

肝心の回復ぶりについては、大して痛みを感じることもなく、まあまあ順調な感触でした。ただ、まだ機敏には動けないし、腹筋を使うのとうつぶせの姿勢は避けておきたいところです。

家は食料に乏しく、毎日病院食が恋しかったです。

そんな療養期間を心より満喫していた木曜日、電車に乗って主治医の先生の診察を受けに行きました。

病院ではまず内診を受け、術後の経過は問題なさそうとのこと。例のお腹の中の写真が改めて提示され、手術の説明がなされました。
「そういえばついでにこれも取ったんだった」と、子宮筋腫(5mm)の摘出が新たに告知されました。これで取ったものは全部で3つです。いろいろありすぎです…
7cmの傍卵巣のう腫(やはり卵巣と卵管の間に鎮座していました。お腹の写真でもでーんと左の卵巣の上に乗っかっていて、卵巣は完全に下敷きになっていました。結論として手術では卵巣などには触らずにすみました)と腹壁のナゾの腫瘍は現在専門機関にて正体を分析中だそうです。

ところで、日々の観察にも関わらず、ばってん印のテープの奥底に封印されたおへその安否は未だ確認されていませんでした。
腹くう鏡ではどうかわからないけれど、お腹の手術ではおへそがなくなる例もあると聞きます。よもや、手術前日のオリーブオイルは最後のお清めだったのでは…?
恐れながら、私のおへそは一体どうなってしまったのでしょうか。

「気になるなら取ってみようか」と先生。あっさり封印が解除されました。
テープの下にあらわれたのは我がおへそ!!無事でしたが下縁を切開され、若干スリムになっています。
「テープに隠されて秘密の地帯になってたんだね」と笑われてしまいましたf^_^;
でも、これでひと安心。

後に調べたところ、手術のときここから二酸化炭素を入れて、お腹を膨らませてスペースを作っていたことがわかりました。さらに、術後にこの二酸化炭素が血液中に移行して、肩の痛みやらの不快な症状を引き起こすのだそうです。

〈その9に続く〉
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# by soy_aya | 2009-02-17 07:40 | にっき

御臍行方不明之記(7 )

<術後3日目>
天空を駆け巡りつつ、そろそろご飯も全部食べられるようになったこの日は土曜日でした。

午前中に血液検査。この結果いかんで明日の退院が許可されます。

午後一番に会社のゆかいな仲間たちが4人でお見舞いに来てくれました。外は強風だとか。うち1人のお方はこの後結婚式の二次会出席のため、ドレス姿で来てくれたことをここに記します。お花にお菓子、面白本など、有り難いお見舞い品をたくさん頂戴し、面白話に花を咲かせました。
少ししたら色黒の方もお見えになり、「思ったより黒くなかった」との評価を得ました。それは冬だからですよ。

夕方には高校トモダチも。恐るべき強風のため県内のJR各線が大打撃を受けたそうで、タクシーまで使って来てくれました。誠に持つべきものはトモダチです。明日福岡に帰ってしまう色黒の方とともに面会時間の終わりまでいてくれました。

後日聞いたところによると、色黒のお方(当時28)は帰りの電車で見知らぬおばさまに話し掛けられ、キャンデーをちょうだいしていたのだとか。恐るべき彩の国のホスピタリティーです。

その頃バーチャル上において、世界を救うための戦いはいよいよ佳境に入っていました。

血液検査の結果は異常なし、予定通り明日退院です。


<退院>
術後4日目にして退院。朝ごはんを食べて、ちょっとした支度をして10時に退院です。おいしかった病院食にもこれにてお別れです。
日曜日の病棟はやはり人が少なく、お世話になった看護師さんたちの姿も見当たりませんでした。会計も閉まっているので、支払いは後日…
電車に乗って帰路につきました。

これから一週間は自宅静養期間となります。
妹が気をきかせてくれて家に漫画をいっぱい買っておいてくれましたが、即日読破してしまいました(速読…)。

退院後の生活について、産婦人科の先生や看護師さんに注意点を指示されましたので、覚えているかぎり書き記します。

・術後1ヵ月間、お風呂はシャワーだけ
・たいていのことは術後2週間で解禁
・お腹のテープは1週間ごとに貼りかえて、3ヵ月後に外す
・この機会に規則正しい生活を身につけること

退院前に鎮痛薬(+胃薬)を処方されました。

<その8に続く>
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# by soy_aya | 2009-01-19 19:24 | にっき

御臍行方不明之記(6 )

<術後2日目>
午前中に婦人科の先生の診察がありました。今度は知らない若い男の先生です。私が眠っている間に家族が見たらしいお腹の中の写真というのを初めて見せてもらいました。

写真中央に紫色の血管を張りめぐらせた怪しげな臓器がででんと鎮座していて、何だろうと思っていたら、これこそが問題ののう腫でした。子宮より全然大きい…。骨盤内の直径7センチは巨大です。こんなのに占領されていたら、腹痛必至です。

子宮は絵で見るのと同じ、にょろっと両手を生やした形をしていました。
お腹の壁にできていたのは白っぽい小さな丸で、遠近法の関係もあると思うけれど、のう腫に比べたらうんと小さいものでした。

5歳のときの扁桃腺摘出手術では取ったのを見せてもらったのですが、今回は組織検査に行ってしまったのでダメでした。その検査の結果が出ないと良性か悪性か最終確定しないので、今はまだ何とも言えないそうです。

傷は順調に回復しているということで、ガーゼを取って傷に直に貼ってあるテープだけになりました。テープは3か月の間、1週間ごとに貼り替えます。そしてシャワーの許可が出ました。
シャワーは男湯と女湯が午前と午後で入れ替わるシステムですが、内科病棟ということでシャワーを使えるほど元気な患者さんはほとんどいないそうなのです。そんな訳で、男湯だけどホワイトボードに名前を書いていざ。

許可は出ているけど、やっぱり傷からお腹に水が入らないかちょっぴり心配です。そして診察のときは気付かなかったけど、おへそのとこにはなぜかテープがばってんに貼られています。そういえば何だかおへその周りが妙に平らな気もします。由々しきことです。

にわかに浮上したおへそ消失疑惑…元でべそではあるけれど、消失は困ります。

お昼を食べて(未だ完食できず)午後2時からの面会時間に、有給を取って博多から飛来してくださった色黒のお方が予定より遅れて到着されました。電車の乗り継ぎを間違えたとのこと。バレンタインに会社の人にもらって好みじゃなかったチョコレートを持ってきてくれました。
有り難き御心遣いです…

歩くのにお腹が揺れるといけないので両手で抱えていたら「ぽんぽんを持っておるぞ」と笑われましたが、おへそ消失の疑惑にはさすがに心配なさったご様子。
それにしても、シャワーが時期尚早だったのか、だるいような熱っぽいような水っぽいような感じがします。

そうこうするうちに夕食の時間になって、当然患者の分しかご飯はないので「レーカー(カレー)が食いたいのう」と言い残して色黒氏は近くのデニーズに去ってゆきました。
カレーはさすがに病院では出ないでしょうが、本日のメニューは奇しくもカレイの唐揚げでした。

戻って来たころ、病室に母が予告なしに現れました。
「アラっ!まー!来てるなんて知らなかったもんだから、ごめんなさいねぇ~」と言っていましたが、来訪は事前に告知済みです。両親への賄賂として博多から持参していた明太チューブが贈呈されました。
母は色黒のお方を見るのは初めてでした。したがって、即座に妹のところに報告と自慢の電話があったそうです。

この日、術後2日目にして早くもベッドで寝ているのがしんどくなってきました。お腹に傷があるので寝返りのバリエーションが限定されるのです。
起きて、ベッドの上であぐらをかくとうまくお腹が支えられて割と楽です。この姿勢でベッドサイドのテーブルに向かいDSのドラクエに励みます。
病室にいながらにして、バーチャル上では世界をまたにかける大活躍です。

<その7に続く>
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# by soy_aya | 2008-12-30 22:20 | にっき